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現場の疲弊と従来型育成の限界
日本の産業現場においてノウハウ非蓄積は深刻である。
多くの現場で技術が伝承されず消失している。
「経営陣は腹をくくり人を育てるべきだ」と語られる。
だがこの理想論は現実の構造の前で空転している。
かつてのベテランが特別に優秀だったわけではない。
単に新しい課題へ前向きに挑む姿勢があっただけだ。
だが現代の現場には前向きさを拒む疲弊がある。
重なる負荷とノウハウの消失
現場の疲弊は限界に達している。
欠員補充がないまま既存業務と指導が重積するためだ。
失敗が一切許されない圧力が現場を支配している。
この圧力が精神的余裕と試行錯誤の機会を奪う。
指導効果が出ないまま離職が続く。
教える側の徒労感は極大化している。
ノウハウは蓄積されず現場は摩耗する一方だ。
昔は人が育っていた?
なぜ昔は人が育ったのか。
昔は人が育っていたと聞いている。
私はそうは思わない。
会社における人の育ち方は50年前と令和になった今でも全く変わっていないと考えるからである。
人が育つということは会社で教育する機会があったという事である。
会社で言う教育とは何か。
昔は会社が稼ぎまくっていた。
余力があったのである。
新人の教育は今も昔も変わらないOJT(On the Job Training)である。
OJTで初めての業務に携わる新人は業務の背景知識を十分に知れない・調べられない状態である。
そこから実践・失敗を経て、(理不尽であるが)その時点で業務の背景知識を得る。
業務についての理解を深めていく。
こどもが新しいことをするとき、大人が内容を説明した後で1発でうまくいくことがあるだろうか。
限りなく可能性は低い。
それと一緒である。
生産ラインで製品をダメにしたとする。
昭和な時代であればぶん殴られ怒鳴られる可能性は高かったであろう。
しかし、結局は金に余力があったし、人も今よりもいた。
金の余力は失敗を許容する風土の土台だった。
十分な人は教育にかけられる工数の土台だった。
だから、失敗した日の操業終わりに、
当人にあーでもないこーでもないとコンコンと教えることができた。
高度成長期の幻想と構造的矛盾
以下、もう少し細かく調べた。
高度経済成長期は年10%超の成長率があった。
厚生労働省の『労働経済の分析』等も示す通りだ。
当時は市場拡大と高い利益率で収益余力があった。
教育や失敗のコストを会社全体で吸収できた。
さらに終身雇用と年功序列が機能していた。
転職がし辛い社会的風土と未発達な転職市場があった。
人材定着が必然であり他社への流出リスクがなかった。
教育投資を長期で確実に回収できる合理性があった。
だが現代の経営陣の前提は異なる。
「稼ぎながら育てよ」という即時収益化を求める。
教育期間という余白(バッファ)は拒絶される
稼ぐことと学ぶことは本来相反する。
流動化が進み余力がない中では挑戦の機会を与えられない。
この構造的矛盾が育成機能を停止させている。
厚生労働省編『平成30年版 労働経済の分析 —人手不足の下での労働生産性の向上に向けた課題—』
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/18-1.html
崩壊する育成ROI・「仕組み化」という応急処置
経営陣の観点では人材育成はROIが最悪である。
効果発現に年単位を要する。
発現タイミングも不定である。
因果関係の数値化も困難である。
そこへ離職リスクが重なる。
昨今の新入社員は2極化と感じる。
今の職場が違うと思えばすぐ転職するか、今の会社に残るか、である。
結果は人材の流出である
人材は他社へ流出すれば初期投資は一瞬で無効化する。
そのリスクをはらむ中、対策は1〜2日の短期研修である。
だが座学の形式知では現場の暗黙知を継承できない。
理解度テストを含めた講義型の研修でも「わかったつもり(認知の錯覚)」を引き起こしやすい。
人口激減の現代において従来型育成は不可能だ。
そこで「人が育たなくても回る仕組み化」が浮上する。
この仕組み化は根本的解決策(解)ではない。
組織の業務の体を保つための「応急処置」に過ぎない。
標準化・自動化は現場から思考の機会を奪う。
例外事態への対応力を失いイノベーションを摘む。
人の成長を諦める設計は組織の適応力を削ぎ落とす。
応急処置の先にある新しい技術継承へ
仕組み化による工数削減は現場の延命処置である。
余力を稼ぐ作業は直接的な売上増を生まない
経営陣から見ればP/Lに貢献しない地味な活動だ。
仕組み化による工数削減の前提はある。
浮いた工数でより高度な仕組みを構築することである。
経営陣はこの余力捻出をやりたがらないだろう。
さらに生み出した余力の使い道が育成である点も嫌うだろう。
経営陣にとって育成は「最もROIが最悪な投資」だからである。
売上を生まない工数削減で余力を捻出させる。
その余力をROI最悪の教育投資に充てさせる。
この二重の徒労に経営陣はほとほと嫌気がさしていると思う。
私も株でいろいろな会社の決算資料を見る。
人材育成・技術継承は早急の課題とどこの銘柄も主張している。
実際はどうだろう。
私が会社にいる中でももちろん聞く。
しかし、経営陣は本当に人材育成に注力しているようには見受けられない。
悩んでいるのは現場の課長クラスである。
その上の部長クラス以降、温度感が下がっているように感じる。
本音では関わりたくもないし絶対にやりたくない、という意思が明け透けに見えてしまう。
だが、短期研修で誤魔化す育成も限界を迎えている。
経営陣が背を向け続ければ技術も事業も消絶する。
我々が取るべき道は明確だ。
仕組み化という応急処置で現場の疲弊を止める。
稼いだ余力で熟練者の暗黙知をデジタルやAIへ移植する。
昨今はそういったソリューションが出始めている。
大手電機メーカーが自社の開発内容をアピールすることも目に入ってきた。
「教えれば育つ」という”悪い”精神論に頼る経営は終わった。
経営陣が辟易しようとも仕組みで残す設計が必要だ
人が育たなくても技術と事業が残る設計こそ生き残る条件だと考える。
そのうえで、出てきた余裕をもとに、
もっと頭を使いもっと良くしていこうという、
"良い"精神論で前向きにいきたいものである。


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